2019年2月16日土曜日

ミロスからの友好使節団、お別れ

小豆島(香川県)を訪れ、3日間滞在した姉妹島のギリシャ・ミロス島からの友好使節団は名残を惜しみつつ帰国の途につきました。
最終日の9日夜、お別れの会が開かれました。始まりの際、団長でミロス市の副市長、ザンベタ・トゥルールさんがスピーチで、諸々の事情で参加できなかったゲラシモス・ダムラキス市長が今年10月に小豆島を訪問したいという意向が発表されました。両島が迎える姉妹提携30周年を両方の島でそれぞれ式典を催して祝いたいというメッセージでした。
再開を約して記念写真



お別れの会では小豆島の民俗舞踊や和風の手品、琴の演奏などが披露され、ここでも両島の人たちがいっしょに「花は咲く」を琴の音に合わせて歌いました。今回の訪問で一番印象深かったこの歌は、両島の相互訪問の歴史の大きなハイライトととなりました。日本の人たちに思いを寄せる、まさに友好関係ならではの選曲でした。
みんなで歌った「花は咲く」琴の音に合わせて
 




ミロスの子供たちはゾルバの曲に合わせた踊りやシルターキと呼ばれるギリシャの踊りを、小豆島の人たちを巻き込んで踊りました。名残は尽きない夜でしたが、プレゼントだけでなくハグとキスの交換、お酒の乾杯で惜しみつつ閉会となり、再開を約してお別れしました。


 
この日のために作ったオリジナルTシャツ

みんなで楽しく踊りました


翌日は土庄港で見送りです。出迎えの時より一層大きな声でお互いに「See you again」や「ευχαριστώ  ありがとう」と呼び合い、両国の国旗や手を振っていました。そしてその目には涙が、冷たい海風に飛ばされてもなお続いて流れ出ていました。


















小豆島国際友好協会では、十分なお別れができるようにと、一行のスーツケースをトラックに積み込み乗船。一行はフェリーのデッキに身軽に上がって、見送る小豆島の人たちと手を振りあうことができました。島民の温かいもてなしは最後まで心がこもっていました。
高松港に到着するとスーツケースをバスに積み替えて、あっけなく出発。大阪への最後の旅程を安全に楽しめるよう祈ってお別れしました。

ミロス島友好使節団、小豆島訪問最終日

香川県の小豆島と姉妹島のギリシャ・ミロス島からの訪問団「二十四の瞳友好使節団」の小豆島滞在は、2月9日が、いよいよ最終日となりました。
この日は、小豆島の東部を中心に島内観光をしました。小豆島には江戸期より続く醤油醸造がこの島の経済を支えてきたので、その歴史の長さだけでなく幅、奥行きと、重厚さを感じさせるのです。とは言え、和食文化の基礎である醤油がどれほどミロスの人たちに知られているかわからないので、もろみ蔵の立ち並ぶ光景や蔵の内部が見学できる、苗羽地区にある丸金醤油を中心に「ひしおの郷」をガイドとともに散策しました。国内に2000個、このうち約1000個が小豆島にあるという醸造用の杉木桶、こがとも呼ばれる江戸期よりの醸造容器。ミロスの人たちは、1つの蔵に150を超える木桶がならぶ圧巻の内部を興味深く見入っていました。
もろみ木桶がずらり、圧巻の蔵内部
もろみ蔵がならぶ「ひしおの郷」を散策


小豆島は今年、オリーブが農産物としての栽培に成功して以来110年を迎えます。明治時代、日露戦争に勝利して得た北方海域で獲れる魚を、ヨーロッパのようにオリーブオイルを利用して保存食に加工することを目的に、国内でオリーブを栽培しようと試みたのが始まりで、1908年に鹿児島と三重の三県で実施されましたが、ここ小豆島だけが成功したのです。小豆島町にある道の駅「小豆島オリーブ公園」はこうしたオリーブの持つ背景と友好姉妹島ミロスのあるギリシャをイメージに整備された公園です。一行は、ここで来訪を記念してオリーブの苗木を植樹しました。迎える小豆島国際友好協会の会長とミロス市の代表ら5人で苗木に土をかけて、その後、参加者全員で記念写真を撮りました。この公園には、これまでミロスから訪れた使節団が植えた記念樹やギリシャ大使、領事、そしてこの姉妹関係を結んだリリー・ベニゼロス氏の記念樹もあり、長い時を経た木々が、訪れる観光客に南欧の景観を与えています。
来訪の記念にオリーブの苗木を植樹

植樹した記念のオリーブ前に



園内にある記念館には両島の友好関係を知ることができるパネルが展示されていて、ベニゼロス氏のはがきに友好姉妹島を提案した文面を読み取ることができます。またこれまでの友好の歴史も時を追って説明されています。ミロスの人たちは写真撮影とともにこのパネルをていねいに見ていました。
ミロス島の小豆島の友好の歴史を改めて心にとめる一行



紅葉の景勝地「寒霞渓」では、国立公園制定で国内で最初に国立公園となった「瀬戸内海国立公園」の一角を占める渓谷美を、ここを運航する寒霞渓ロープーウエイに乗って空中から堪能しました。ミロス島は高い山や川のない島で、一行は見慣れているはずの海の景色も寒霞渓の景観越しに見る瀬戸内海には息を飲んでいたようです。折よくどう同社の社長が乗り合わせていて、歓迎の言葉をかけてもらって、この地の訪問がいっそう身近に感じられたようでした。山頂駅付近では渓谷を見下ろしながらかわらけ投げで幸運を祈ったり、かわらけの行方に興じたりして寒さを忘れて楽しんでいました。
渓谷美を楽しみながら、幸運を祈ってかわらけ投げ

2019年2月15日金曜日

ミロス島友好使節団、小豆島訪問2日目

香川県・小豆島と30年にわたり姉妹島として友好関係にあるギリシャ・ミロス島からの使節団。小豆島滞在2日目(2月8日)を追います。
ホームステイする13人の子供たちもこの日は夕食前まで、全員で行動を共にして、様々な体験をしました。あいにくこの日も温暖な気候が特徴の小豆島ですが、皆さんを歓迎するかのように、冬らしい天候??で、冷たい風と曇り空でした。
まず訪れたのは、干潮時に沖合の小島が砂州でつながる「エンジェルロード」。時代はインターネット。子供たちの中の何人かに、エンジェルロードにはいつ連れてってくれるのという質問を、高松到着のころから受けていたほど、知られているんだなぁ、と感心しました。陸と島がつながることから、手をつないで渡ると愛が結ばれるなどと、近年、多くの観光客が訪れます。(陸と島がつながっている間は海は隔てられているのですが・・・。以前、縁切れロードといって顰蹙をかいました)。
海を分けて島とつながる砂州、エンジェルロード

国の重要有形民俗文化財・肥土山の舞台では、毎年5月に肥土山地区の離宮八幡神社の例大祭が営まれ、祭りの奉納として、五穀豊穣を祈願して歌舞伎が奉納上演されます。香川県が無形文化財に指定する民俗芸能です。地元自治会や肥土山農村歌舞伎保存会が上演します。この日は保存会長自ら芝居の幕開けに舞う「三番叟」を披露して、歌舞伎の歴史などを説明しました。歌舞伎衣装に袖を通して写真を取り合う様子は、異文化ならずとも、貴重な体験をする、子供たちの世界共通の好奇心に見る側も触れ、その場が楽しいものになりました。
三番叟。異文化の舞を興味津々と見学。

歌舞伎衣装を着て上機嫌。約150年前のものと知りさらに興奮


小豆島の特産品のひとつ、そうめんを作る工程の一部が体験できる「そうめん館」では、そうめんを細く伸ばす最終工程での「箸わけ」を3人が体験しました。うまくできた人、バッサリと切ってしまいみんなの笑いを取って、瞬間、スターになった人、体験しないと味わえないひと時でした。
そうめんを細く伸ばす工程に挑戦

麺がくっつかないように箸で離す「箸分け」

うまくいかない人も中には。バッサリ。拍手は一番たくさんもらえました。


そうめんを試食しているとき、一人の訪問者・女性がありました。ミロス島か訪問団が来ていると聞きつけて追いかけて来たと。この女性は1995年、小豆島から初めてミロス島を訪れた「二十四の瞳友好使節団」として参加した12 人の一人だったのです。小さな息子さんを連れてミロスの人たちを前に24年前のミロス訪問やその後、ミロスで訪問した家庭の結婚式に参列したことなどを懐かしく話していました。両島の関係が30年にも及んで続いている確かな証を共有する一場面でした。
両島の交流が長く続いている証に出会った訪問団


小豆島に一つある小豆島中央高校では、子供たちは授業を体験し、そうめん体験から合流した大人たちとともに放課後のクラブ活動を見学しました。特に柔剣道や弓道といった日本の武道は見学や体験が貴重なものだったようで、興奮して写真やビデオ撮影に時間を割いていました。もちろんスマホを使ってですが、映像は遠くミロスの家族や友人にリアルタイムで発信されていました。
樽を和太鼓に見立てる同校独自のクラブ活動「樽太鼓」にも挑戦


剣道では面を一発、打たせてもらいました
 


一日の島めぐりを終えて帰り着いたホテルでは、ロビーにもちつきを用意して、両島の人が1臼(約3キロ)を2本の杵を使って、交互に力とタイミングを合わせてつきました。時間を共有するうち気心が知れ、お互いが信頼できる、そんな関係だからこそ、ペッタン、ペッタンと何のためらいも、滞りもなく杵を打ち下ろせるのだな、と思わせる一コマでした。

気持ちを合わせて、ペッタン、ペッタン

つきたてをきな粉餅に。柔らかくておいしい!!

2019年2月14日木曜日

小豆島の姉妹島、ミロス島人たちと交流

小豆島(香川県)を訪れたミロス島からの友好使節団
(到着した7日)   訪問団とたどって小豆島も紹介していきます。

今月7日から10日に小豆島を離れるまで、島民同士の交流か各地で繰り広げられました。ミロスの人たちはそれぞれの場所でユニークな体験をし、「お金に代えられない経験に感謝します」と話していました。
到着した7日、荷ほどきをすませると、土庄町役場前にある小豆島本島と前島を隔てるギネスブック認定世界一狭い海峡「土渕海峡」を〝渡り〟、土庄町の三枝邦彦町長から証明書をお土産の扇子とともにプレゼントされました。その後みんなで記念撮影。あいにくの曇り空でしたが、皆は晴れやかな笑顔でした。
土渕海峡が世界一に認定される前の世界一はギリシャのエーゲ海側、エヴィアス島とハルキザという町を隔てる幅40メートルの海峡でした。これは何かの縁でしょうか。
土渕海峡

土渕海峡地区には2006年、6月10日、日本ギリシャ協会設立30周年の際に土庄町に贈られたスズカケの木が記念植樹されていて、さらにギリシャとの関係の深さを訪問団にアピールしました。
シンパクとしては日本一の大きさ樹齢を誇る「宝生院のシンパク」を見学。寺詣での作法なども体験しました。
参拝の作法を学ぶ。背景は国指定天然記念物「宝生院のシンパク」樹齢は1600年とも


小豆島にある高さ約65メートル、内部にエレベーターを備えた「小豆島へ大観音」ではお茶や護摩供養を体験。護摩札を焚く炎と読経に頭を垂れる姿は、国教を超えた信じ深さを感じました。正座はできないものの、厳かな雰囲気に足はつかれましたが「とてもユニークな経験をした」と大変、感動していました。
お茶とともにユニークな体験

この日の夜、歓迎レセプションが開かれ、式典後は和太鼓の演奏で始まり、ギリシャの民俗音楽やダンスが疲労されました。小豆島の人たちを感動させたのは、2011年以来、相次いで日本を襲った自然災害に心を痛めたミロスの人たちが、東日本大震災を機に、災害復興を願って歌われ続けている「花は咲く」を歌った時です。美しいハーモニーもそうですが、一つ一つの歌詞をていねいに、きれいな日本語で歌ったのです。2か月間練習をしたそうで、ステージで歌った子供たちだけでなく、同行した大人たちも口すさんでいたことから、その練習の大変さがうかがえます。
日本を襲った自然災害に心を寄せて歌った「花は咲く」
 


来訪を歓迎して、オリジナルのデザインで作成したトートバッグ、がま口、ピンバッジを中心に様々なプレゼントがミロスの人たち全員に贈られました。
この日のために制作したオリジナルデザインのプレゼント

2019年2月13日水曜日

小豆島t姉妹島交流するミロス島から訪問団が到着

2月6日、ミロス島からの友好使節団が関西国際空港に到着
一行36人は、その多くが3日にミロス島を出発し、アテネで1泊して5日、ドバイ経由で空路関空を目指しました。このうち13人は2016年、小豆島からミロス島を訪れた友好使節団を受け入れホームステイでもてなした家族の子供たちです。お互いの使節団は小豆島を印象付けた小説や映画にちなみ「二十四の瞳友好使節団」としています。今回は同行した7人を含む20人の子供と両親やミロス市の副市長、市会議員など大人16人です。
関空で出迎えた際、皆は疲れを見せず、久しぶりの再会をハグやキスで喜びを倍増させました。高松へ向かうバスの中で、当面必要で大きな違いのある日本の習慣を説明し、和やかでにぎやかな時間が進みましたが、さすがに明石大橋をすぎると居眠り。バスの揺れに舟を漕ぐ大人たち・・・。
高松港近くに投宿。
翌日は、小豆島国際友好協会(SIFA)が手配したトラックにスーツケースを積み込むと、徒歩で港に向かい、フェリーで小豆島を目指しました。船内では今か今かと、見慣れているはずの海に何度も目をやる人たち。今回の参加者は全員が初めて、小豆島をあるいは日本を訪れたので、興味津々です。
そして、いよいよ小豆島観光の玄関口、土庄港。岸壁ではSIFA関係者やこれまでにミロス島を訪れたことのある人、何より子供たちを受け入れる家族がギリシャ国旗を振りなが「いらっしゃい、ようこそ」「カロス イリサタ」などと声を張り上げて出迎えました。
フェリーからは満面の笑顔で、日の丸の小旗を振ってこれに応えていました。
関西国際空港に出向和え、再会を喜ぶ
高松のホテル、長旅の疲れを取るのは部屋割りのあと

一夜明け小豆島へ最後の旅程。すでにこれまでで4日間

ギリシャ国旗を振って出迎え

両国の国旗を手に歓迎を訪問の挨拶が行き交う

小豆島(香川県)ミロス島(ギリシャ)姉妹島、使節団が小豆島へ プロローグ

小豆島は、ギリシャ・ミロス島と姉妹島です。
ルーブルに展示されている「ミロのヴィーナス像」はこの島で1820年に農夫セオドール・ケントロータスが畑を掘っているときに発見、その後、フランスへ運ばれました。現在、ミロス市はその返還を求めて運動を展開しています。
小豆島がミロス島と姉妹関係を結んだのは30年前に遡ります。地中海ウミガメ保護協会の創始者で現在も会長を務めるリリー・ベニゼロスさんが、友人から見せられた小豆島のある神社の釣鐘の吊り金具の飾り、蓮の花びらをウミガメと見間違えたことが発端です。ともにウミガメを大切に思うもの同志で仲良くしませんかと持ち掛け、キクラデス諸島のミロス島を提案、小豆島では当時の3町が香川県の指導の下、小豆島国際友好協会(SIFA)を発足させて交流に備えました。
1989(平成元)年、ミロスからの訪問団を迎えて調印式を挙行、翌年はミロスを訪れて同様の式典を営んで、両島の絆は結ばれました。以来、30年を迎え、ギリシャと日本の修好条約締結120年と符合するかのような良い年を迎えたのです。
一つの勘違いから始まった交流が30年を超えて続こうとしています。多くの姉妹都市交流が真に共通の要素を共有することで結ばれている中、奇跡です。
リリー・ベニゼロスさんのはがき」



返還運動に賛同・支援を求め、ウェブ署名を集める運動

小豆島のお盆の民俗行事、夜念仏が解散

小豆島(香川県)土庄町に江戸期から伝わるお盆の民俗行事「夜念仏」が解散

夜念仏とは、お盆の夜、亡くなった人の霊を慰めようと、集団で家々を巡って、独特の「念仏」を唱える民間信仰、民俗行事です。江戸期は全国的に行われていたのですが、現在ではほとんどの地域で行われなくなりました。一つの町に4カ所で行われている土庄町は、全国でここだけです。
このうち、この度解散することになった肥土山地区の「肥土山夜念仏連中」は白装束がいわゆる死に装束で白地の着物に帯、手甲、脚絆、草履の鼻緒、に至るまで白色で白い手拭いで頭を覆い、菅笠をかぶった姿です。
帯には板の先に鉦を取り付け、「念仏」を唱えるときにチーンと叩きます。哀愁を帯びた連中の
声が静かに迎える家族の心に沁みるのです。
この地区では、前年から当年の6月末までに亡くなった、いわゆる新仏のある家を巡り、その人が男性なら「善光寺」、女性なら「十九夜」という念仏を唱えます。不幸にして子供を亡くしたりかつては戦争で亡くなった、そんな人達にはそれぞれの念仏がありました。巡り歩く途中に橋や川、墓があればそこでもそれぞれに応じた念仏を唱えます。この連中のメンバ-は多い時で11人いましたが、高齢化や後継者がいないことなどが大きな原因で、1月29日、会合を設けて、残念ながら、解散するという結果になりました。20年前には小豆島全体で8カ所、行われていました。
肥土山地区は、民俗行事多く残っていて、農村歌舞伎は最も知られています。
新仏のある家々を巡って「念仏」を唱える夜念仏連中。しんみりとした空気が漂う

白一色の衣装で、家々を巡る

途中の川や橋、墓などではそれぞれの念仏を唱える